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11月, 2013の投稿を表示しています

三の酉

 新宿の花園神社に行ってみたが、さすがに人が多く、靖国道路沿いにも屋台が並び、神社の参道に行くまでもひと苦労。そして境内はなおのこと。とてもお参りできる状態ですらなかったが、久しぶりに酉の市の雰囲気を味わってきた。  大相撲も終わったし、もうすぐ年の瀬。

冬越し

 今週も小春日和のなか、いつもの公園へ。紅葉も、もうそろそろ終わりそうです。  秋の日差しの、モミジと、クモと、メタセコイアと、だいだい色に燃え立つモミジとサザンカ。  やっと見付けたシジミチョウも、羽の縁がボロボロになり、色も褪せてきているようでした。お互い無事に冬を越して、来年また会いましょう。

タイムラプス 習作

 以前にもいくつか作ったことがありますが、久しぶりにタイムラプスの動画を作ってみました。タイムラプス動画は、静止画を動画っぽく見せるスライドショーのようなものです。  2013年11月10日の北の空。この日は空の表情が変わりやすく練習にはちょうどよさそうだったので、14時頃~16時頃までのおよそ2時間の空を、20秒間隔で撮影し、約400枚の写真をつなぎ合わせてみました。音は入れていません。

文殊菩薩

 強烈な西日に照らされた胎蔵曼荼羅は、全ての色が赤く染まり、これが血曼荼羅なのではないかと思われた。  その中で目に付いたのが文殊菩薩。三人寄れば文殊の知恵などというが、本来は佛教の“智慧”で、人間の頭でひねくり出した浅はかな知恵や知識とは別次元のものだろう。  そして文殊菩薩はどの方角に配置されている佛なのかと調べると、それは西南の方角であり、ちょうど同じ西南から射し込んで来る夕日を浴びた姿が、そこにはあった。 Dec 17, 2013

南風

 昨日よりも暖かな小春日和。南風が吹き、黄色くなった葉が舞い上がっていました。夕方空が暗くなると丸い月がぽっかりと東の空に浮かんでいました。

小春日和

 風も冷たくなく、日差しが暖かい一日。  【載せ忘れていた写真】  久しぶりに見た大船観音は、相変わらず大きく、そして白かった。この日は台風が接近中で風が強く、小雨が降っていた。そして一日置いて恐山へ旅立った。 10月24日 東海道線より

恐山 その二

10月27日(日) 10時00分 恐山菩提寺  本堂と地蔵堂にお参りし、 これから地獄へ向かおうと思っていると、雨粒が落ちてきた。風も強く、横から雨が叩きつける。雲の流れは速く、青空が見えたかと思うのもつかの間、頭上は黒い雲に覆われている。  東日本大震災の犠牲者を弔うために建てられた、これから開く蓮の花の形をした(私にはそう見えた)モニュメント。裏側には手形が押されている。台座には念じようの言葉。表側には石像が安置されている。震災後、恐山にはどうしても来たいと思っていたが、こんなにも時間が経って、やっとお参りをすることが出来た。鐘の高く澄んだ音は、湖を越えて、山の向こうに届くような気がした。  突然の驟雨。  雨上がりの極楽浜には、まさしく汚れのない極楽浄土が広がっていた。こんな景色に出会えるとは夢にも思わず、そしてまた夢のようだった。  境内の温泉に足だけ浸かり、冷えた体を温める。 12時30分 恐山を離れ、釜臥山の展望台へやってきた。紅葉した山々の向こうに宇曾利山湖が見える。反対側には陸奥湾とむつ市を挟んで外海が見える。尻屋崎の方の海には虹も見えた。 13時00分 釜臥山を後に家路へと向かう。電車の時間に合わせて下北駅へ向かう。  レンタカーを返し、駅へ向かうと、強風のため電車が運休となっていた。代わりのバスに乗り野辺地駅へ到着。車酔いは激しかったが何とか持ちこたえ、発車時刻を過ぎて待ってくれていた青い森鉄道に乗り込む。スケジュールは大幅にずれたが、八戸駅へ着いた頃にはちょうどよい待ち時間となり、予定通りの新幹線に乗ることが出来た。  東京は暖かく、そして空気が汚れているように感じられた。青くない空を青いというこの悲しさ。

恐山 その一

10月27日(日)  ホテルをチェクアウトし、昼食用のパンを買い恐山へと向かう。  09時30分 恐山への一本道を上って行くと、思ったよりも早く冷水に着いた。ちょうど路線バスが停まっており、人々が乗り込んでいた。路線バスも冷水へ立ち寄ってくれるのだろうか。  夏でも冷たい冷水は、紅葉の始まったこの時期にはなおのこと冷たく感じられる。  09時40分 山道を下り始める急坂にさしかかる頃から、急に車の中は硫黄の臭いに包まれ、ほどなくして宇曾利山湖が見えてくる。  澄んだ湖の岸辺には波が打ち寄せ、取り囲む山々は錦に彩られ、とても美しい。今日は風が強く硫黄の臭いも薄く感じられる。  三途の川のほとりに建てられていた奪衣婆(左)と懸衣翁(右)。奪衣婆に身ぐるみを剥がされ、懸衣翁がその衣を柳の木に懸け、生前の悪業の重さを量るそうだ。人間の世界で犯した罪は償えても、悪業は罪とは別のものなので、この地獄の入口へ来なければ、閻魔様にどう判断されるか分からない、そんな怖さを感じる。  三途の川と太鼓橋。  太鼓橋の上から見た宇曾利山と湖。今日は水の量が多いようで、流れがとても速かった。  宇曾利山の反対側にある山は陰ってしまったが、紅葉が綺麗だった。  そして恐山菩提寺へ。

大湊

10月26日(土)~27日(日)  今回泊まったのはフォルクローロ大湊というホテル。大湊駅のすぐ側に建っている。部屋からは陸奥湾が見え、真下には駅のホームが見えた。  旅先でテレビをつけニュースにチャンネルを合わせると、普段見られないその土地の話題や天気予報を流しているので、それを見るのも楽しみのひとつだ。  朝食のため廊下に出て山の方を見てみると、木々が紅葉して綺麗だった。青空も見えていた。  大湊線の最終駅、大湊駅はとても綺麗な駅舎になっていた。本州最北の駅はひとつ手前の下北駅で、大湊駅はてっぺんの終着駅と呼んでいるそうだ。  今年は本州最西端の駅(梅ヶ峠駅:山口県下関市)も通ったので、最北端と最西端に行ったことになるが、こんなにも簡単に行けてしまうのは、鉄道網が発達しているからということももちろんあるだろうが、やはり狭い島国だからなのだろう。  駅前の看板には恐山とイタコさんと郷土料理(みそ貝焼き)、そしてサルとカモシカの絵。赤い橋は三途の川に渡されている太鼓橋だろうか。  線路の終わり。  正面に見えているのは釜臥山。恐山の奥の院がある。恐山は少し右の奥の方になるのだろう。

大間崎

10月26日(土)  下北駅でレンタカーを借り、さて、最果ての尻屋崎へ向かうか、それとも最北端の大間へ向かうか。どちらへ行くにしても、1時間前後はかかってしまう。  尻屋崎へは2回行っているので、今回は下北から北上し、北西へハンドルを切り大間崎を目指した。大間は本州最北端の地であり、またマグロで有名な場所だ。  大間崎へ着いた時には時刻は15時半を過ぎ、黒い雲が空を覆い、強風に乗った小雨が上着を叩きつけるようになってきた。そして寒い。  このマグロのモニュメントは、ここ大間で釣り上げられた440kgのマグロだそうだ。海の向こうには北海道が見える。カモメは風に抗って飛んでいた。  港へ漁船を見に行った。これらの船はマグロ漁船なのだろうか。気仙沼の文字の入った旗が、暗い空を背景に、力強くはためいていた。  17時には暗くなり、今日のホテルは夕食がないため、少し早いがここで夕食を取る事にした。マグロの刺身定食と、焼魚(カレイ)定食を半分ずつ分けて食べる。マグロは一切れが大きく、やはり美味い。そしてカレイも美味い。ちょうど良かった。  大間崎を後に、暗くなった海沿いの道を戻る。海の上には船(おそらくイカ釣り漁船)があり、その船が放つ明るい光が海の表面を照らし、そして車内にまで届いてきた。