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9月, 2008の投稿を表示しています

うす紅のコスモス

 先日のお墓参りで久しぶりに寄った多摩川の、秋の日の河川敷に咲いていたコスモス。ひょろりと細長い茎の先に花を咲かせて、涼しい風に吹かれながら何気ない陽だまりに揺れていました。 (inspired さだまさし『秋桜』)

秋の気温

 寒いと思っていたら、11月上旬の気温だと言っていました。数日前にはセミの声は全くしなくなっていましたが、夏の終わりをあまり感じることなく急に秋へ。  ライカの中版カメラ、一眼レフで動画が撮影出来るようになったり、撮像素子は35mmフルサイズの流れなのかなと思っていたら、逆に小型のカメラが発表されたり、けれどもやっぱりコンパクトカメラではなく一眼レフ中心の流れなんでしょうか。写真関連の見本市(?)フォトキナ2008でいろいろ発表されているそうです。

 春には満開のピンク色の花を咲かせていた桜の葉が黄色く散り始め、黄緑からオレンジ色へ染まる柿の実の、実りの秋へ。  昨晩からとても涼しくなり、本州をすっぽり包むほどの雲を持っていた台風15号が九州へ。

小さなお花畑

 公園の一角にある『この花壇は○○会が管理しています』という小さなお花畑。いろいろな花が雑然と植えられ、それぞれが好き勝手に咲き、初秋の彩を与えているような印象ですが、草花には束縛されるものはなく、これからもっと成長して、あたり一面を覆いつくすような予感を感じます。

暑さ寒さも彼岸まで

 日の沈むのが早くなり、夜の時間が長くなって、ここ数日の夜はずいぶんと涼しくなりました。お彼岸明けの金曜日の雨の後は、さらに気温が下がり秋の気配が深まってきそうです。  ようやく夏の名残りも終わりを告げそうです。 (写真は高幡不動尊の秋明菊)

彼岸の中日

 爽やかに晴れた秋分の日、高幡不動尊へお参りに。  お墓参りの人々が談笑しながら、あるいはうつむきながら境内を通り過ぎて行く。白萩や秋明菊が咲き、淡い乳白色の彼岸花が、羊歯の陰でひっそりと咲いていました。

アンドロメダ銀河の探し方(自己流)

自己流のアンドロメダ銀河の探し方 (※画像をクリックすると拡大します)  今夜は星が綺麗で秋が迫って来たのを感じますが、これからはもっと星が綺麗に見えるようになり、覚えておくと夜空を眺めるのがさらに楽しくなるかもしれない、『アンドロメダ銀河の探し方』(自己流)をご紹介します。自己流なので分かりづらいかもしれませんが…。  暗い空だと肉眼で、少し明るい空だと小さな双眼鏡で、ぼんやりとごく淡い光が見えるはずです。 カシオペアの“W”を探します。北の方の空にあると思います。 “W”の形を目安に、画像のようなおおまかな三角形を想像します。この三角形の中に目立った星は見えません。 想像した三角形の頂点を目印に、上下に見える2つの明るい星(アルマク・ミラク)の、上側の星(ミラク)に視線を移します。 視線を左斜め上へずらし、この星を見つけます。(星は暗くなります) さらに視線を左斜め上へずらし、この星を見つけます。(星はさらに暗くなります) 5で見つけた星のすぐ近くを見ていると、ぼんやりとごく淡い光が見えてきます。これがアンドロメダ銀河です。双眼鏡だと見間違いや目の錯覚でないのが分かります。  一度見付けると、次からは簡単に見付けられるようになると思います。いつまでもぼんやりと、図鑑に載っているように見ることは全く出来ませんが、肉眼で銀河を確認できることにちょっと感動します。  秋の夜長に夜空を見上げて、ゆったり星空を楽しみながら、アンドロメダ銀河もぜひ探してみて下さい。

闇夜の月

 雨を降らせていた雲が午後から去り、夜には久しぶりに星空を眺められました。  空が明るいのではじめは両手の指でお釣りがくるほどしか星が見えませんが、暗さに目が慣れるにつれ、カシオペアやハクチョウが浮き出てきました。そして流れ星まで。  夜が深まり東の空にスバルがぼんやり見えてきたかと思えば、だいだい色の下弦の月が昇ってきました。

薄曇りの日中

 先日の台風13号はいつの間にか去って行き、けれども続いて雨が降っています。植木鉢の整理がてらツマグロヒョウモン(蝶)のさなぎがあった場所を確認してみると、ひとつはすでに空になっていて、そしてまたひとつ新しいさなぎを見つけました。空になったさなぎの突起も、やはり小さな金属光沢を放っていました。

世界の車窓から(スイス編)

 『世界の車窓からDVDブック』(朝日新聞社)のスイス(1)(2)(No1とNo21)が揃いました。DVDは60分。ナレーションだけを消すことも出来ます。  No1(創刊号)は“登山鉄道をめぐる旅”  スイス=アルプスがとてもよく感じられる登山鉄道たち。富士山の頂上まで鉄道が登っているような感じで、そこまでして鉄道を走らせる情熱は一体どこから来るのかと思ってしまうほどですが、蒸気機関車に押されながらゆっくり山を登っていくのを見ていると、この時間の流れに逆行したような観光を楽しんでみたくなってしまいます。  またクライネ・シャイデック駅の手前から見えてくる、アイガー・メンヒ・ユングフラウのアルプスを代表する山々の景色は、映像からだけでもその感動が伝わってきました。  No21は“ベルニナ急行と氷河急行(Glacier express)の旅”  車両は天上の方までガラス窓になっていて、まさしく風光明媚な車窓からの風景。高度を稼ぐために設けられたぐるっと一回りする高架橋や、深い谷に架かる石造りの橋を列車が走る様子など、車窓からの風景も美しいですが、険しい山々の緑の中を赤い列車が右へ左へ揺られながら走るのを眺めているのも楽しいです。ハイキングをしながら列車を見ることの出来るポイントなどもあり、そこには列車の通る時刻表が置いてあるそうです。  この辺りの鉄道と風景(「レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観」)が世界文化遺産(2008年7月)に登録されたそうです。  『世界の車窓から』は旅情を感じさせる映像(空撮もあります)、落ち着いたナレーション、音楽も心和ませるもので、安心して見ていられますね。スイスは日本からの観光客がとても多いそうですが、これらのDVDはそのことをほとんど感じさせないのも良かったです。またナレーションを消すことも出来るので、人々の会話や環境音、音楽をより味わう楽しみ方も出来ます。 (参考)スイス政府観光局

曼珠沙華

 秋のお彼岸の入り、道端には彼岸花が咲いていました。まだまだ蒸し暑いと思っていましたが、まるでお彼岸の時季を知っているように、日当たりの良さそうな場所、悪そうな場所を問わず咲いていました。  この真紅の花を見ていると、いろんなことが頭に浮かんできます。

スポンジブロックでろ過容量アップ!

エーハイムのスポンジブロックでろ過容量アップ!!  久しぶりに熱帯魚の話題です。写真は、外部フィルターでお世話になっているエーハイム EHEIMが出しているスポンジブロックという商品です。60×50×厚さ5cmの大きさで、外部フィルターのスポンジろ材と同じような(全く同じ?)素材で、これを水槽の断面より少し大きく切り(上は水面から出るくらい)、水槽内にはめ込んで、水槽自体をろ過槽の一部分として使ってしまおうという発想のものです。スポンジなので少し縮んでガラス面にぴったりはまります。一般的な60cm水槽(60×30×36cm)なら2枚分取ることができそうです。  私が使っている例を図にしてみました。ディスカス水槽でベアタンクです。外部フィルターはエーハイムクラシックフィルター2213(※外部フィルターは水槽より低い位置に置いて使います)+サブフィルター2213(図には描いていません)。  右から左へと水が流れるうちに、魚のフンなどはこのスポンジブロックで細かく砕かれて、クズのようになったものが下に沈殿しています。水換えの時にこのゴミと、スポンジの右側に付着したゴミを吸い取っています。  またヒーターを左側に置くことで、魚とヒーターを別々にすることができて安心です(水が淀まないように念のため軽くエアレーションをしています)。  スポンジブロックは外部フィルターだけではなく、水陸両用ポンプでも使えるとエーハイムのサイトに書いてありました。上部フィルターでも使えるのではないでしょうか?!  60cm水槽だと、このスポンジブロックを横に長く使えるはずなので、水槽の奥全体をろ過槽として使えるのではないかと考えたりもしています。  値段は少し安くなっても3,500円と高く、水槽内も少し狭くなってしまいますが、これでエーハイムの宣伝通りに水質が安定し、魚がイキイキ!してくれたら、外部フィルターの掃除や、水換えの手間も少し省けて楽になるはずです。 (余談)安心の外部フィルター  使い始めて6年ほどのエーハイムの外部フィルター、クラシックフィルター2213。一度シャフトを折って交換しましたが、それ以外はまったく壊れることなく動き続けています。しかもほぼ無音なので、上部フィルターを使っていた頃に比べるとちゃんと動いているのか心配になってしまうほどです。  またエーハイムのエアーポンプ

無言館

 画家を目指して絵を描きながらも、戦時中に徴兵され、志半ばで亡くなっていった画学生たちの作品を集めた美術館が、長野県の上田市にあります。  美術館の名前は「無言館」。そしてその第二展示館「傷ついた画布のドーム」が今月9/20に開館するそうです。  少し遠いですが、一度行かなければと思っています。

サナギの輝き

 大量発生していたツマグロヒョウモン(蝶)の幼虫がプランターにまだ数匹残っていましたが、朝見てみると一匹サナギになっていました。  夜、懐中電灯の明かりで見てみるとサナギの数は4つに増え、地面には黒い毛虫の抜け殻が脱ぎ捨ててありました。他の20匹ほどの幼虫も同じような大きさだったので、もうサナギになったのかもしれません。  ツマグロヒョウモンのサナギにはぼつぼつとした突起があり、その突起の一部分が懐中電灯の光を反射して金色に輝いていました。朝は銀色に光っているように見えていました。  羽化の瞬間に出会えるでしょうか?!

福島菊次郎氏の遺す言葉

 伝説の報道写真家といわれている、福島菊次郎氏の講演『遺言part2』(聞き手はフォトジャーナリストの山本宗補さん)と、同時に開催された写真展へ(東京府中市)。  福島さんは1921年生まれの87歳。戦時中は6日違いで広島の原爆に遭わず、九州で爆弾を抱えて米軍に特攻する訓練中に戦争が終わり、同級生は半数以上が亡くなったそうです。  戦後、広島で被爆された中村杉松さんに頼まれるようにして撮影し続けた『ピカドン』をきっかけに、プロの写真家として上京され、20年間、戦争責任、自衛隊と兵器産業、戦争遺児、学生運動、三里塚闘争(成田空港)等々、報道写真家としての仕事を精力的にされていました。  その後東京を離れ、現在は写真を補足する意味で執筆活動をされています。体調を悪くされ体重は35kgにまで落ち込んでいらっしゃるそうですが、遠路はるばる講演に足を運んで下さり、数百人の前で3時間にも及ぶお話をして下さいました。  今までテレビや新聞等いろいろな人の言葉を聞いてきた中で、これほどまでに日本の国を憂いている方には初めてお会いした気がしています。実際に戦争を体験し、日本の中で起こってきた様々な問題と人生の一部分を共にされていたために、その思いが増しているのだろうかと思います。  天皇の戦争責任や自衛隊や兵器産業等の問題を報道したため、反体制とか非国民とか呼ばれることがあるそうですが、福島さんもこの日本を愛している一人の人間に変わりなく、また愛するが故に子供や孫や続く世代に戦争をさせることがなく、幸せでいて欲しいと願っているのだと解釈しました。  憲法改正法案が通って三年間の猶予の後(来年)、もし9条を含めた憲法が改正されることがあれば、自衛隊を軍隊として正当化させ徴兵を始めるだろう、また言論を封殺するような法律(共謀罪等もこれに当たるのでしょうか?)も同時に作るだろうと福島さんはおっしゃいます。そして福島さんご自身も過去になさった仕事で捕まり、ご高齢で刑務所に入れられることや、自分を支えてくれた方達に対するけじめとして、自ら命を断つことを決めているということでした…。  福島さんが命をかけて訴えてこられたことの重さ、そして来年の今頃はもはや聞くことが出来ないかもしれないこの遺言を、深く考えていかなければならないと思います。  講演とは別の会場で行われていた写真展の会場では、モノク

十五夜

 今宵は十五夜、雲が覆い朧月になりながら中秋の名月。誰かが吹くオカリナの“おぼろ月夜”が南風に乗って流れて来ました。季節は違いながらも今夜もおぼろ月夜。

蝶の子供

 いつからかプランターの中に生えているスミレに、黒とオレンジ色の刺々しくて毒々しい4cmほどの毛虫が大量発生していました。ひと月ほど前には一匹いたのを確認してはいましたが、どこからか集団で移動してきた感じで、スミレの葉を食べ尽くしていました。ネットで調べると、どうやらツマグロヒョウモンの幼虫で、見た目とは違い刺も毒も無いそうです。先日この蝶を見たのはこのことの前触れだったのかしら。  せっかくこの場所を選んでくれたのだからと他のプランターからスミレを集めてきましたが、一瞬の間に食べつくされてしまい、今度は餌を求めてあちこち歩き始めました。最近は蝶が好きになってきたので、幼虫も仕草を見ていると意外とかわいい?!  他に餌になりそうなものは何も無いので、仕方なく幼虫を集めて箱に入れ、成虫をよく見かける公園へ。(蝶の子供は合計20匹以上、プランターにまだ残っていました…)  公園の草むらに幼虫を放すと、近くにはツマグロヒョウモンが蜜を吸っていました。そして、そのうちの一匹が足元のアカツメクサに飛んできて、間近で写真を撮らせてくれました。

富士山、須走口の簡単な紹介

 富士山の東側にある“須走口”へは、ふじあざみライン(無料)を走っていくと、五合目にある合計200台ほどの無料駐車場へ着きます。御殿場からバスも出ているようです。  この駐車場は標高約2,000mの場所にあり、北の方は山中湖や丹沢の山並み、そして視線を右へ移すと、箱根の山やもう少し南の方まで見渡せます。ちょうど東の方を向いているので、真正面に日の出を拝むことが出来ます。9月の中旬でも日の出前はかなり冷えましたので、冬の服装をお勧めします。  五合目には山小屋が2件(お土産や食事も)、綺麗なトイレ(200円)があります。山小屋の先からは登山道となっていて、古御岳神社の鳥居をくぐり樹林帯を通って山頂を目指します。  また山頂方面とは別に“小富士”と呼ばれる場所へ散策することも出来、こちらは標識の立っている樹林帯を20分程歩いて行きます。砂利の丘になっている小富士では真正面に富士山、その裾野の先に八ヶ岳、河口湖や山梨の山々、山中湖、丹沢方面やもう少し南の方まで見渡せます。思っていた以上に面白かったので、日の出を見た後はこちらもお勧めします。

秋空の富士山(須走口その3)

 朝の富士山はいろいろな形の白い雲で覆われ、風は冷たく、空の青さはもう秋を告げています。大きなフジアザミの薄紫の花が印象的でした。  富士山を双眼鏡で覗いていると、山頂でお鉢巡りをしている人々や、山を一気に下る“砂走り”の人々も見えました。また山小屋に物を運んだりする“ブル”がブル道を上って行くのも見えたそうです。  富士山の登山シーズンは終わりつつありますが、まだまだ営業している山小屋はあるそうなので、今からでも山小屋に泊まって山頂でご来光を拝むことが出来るようです(山頂はかなり寒いようですが…)。  10時頃には須走口の駐車場を離れ麓へと下りてきましたが、山中湖畔からは富士山の裾野が少し見える程度で、そこから上は白く消されていました。  そして山中湖へ向かうたくさんの車やバイクや自転車とすれ違いながら、道志みちを東へ。 <おわり>

富士山からの日の出(須走口その2)

 夜空にぶら下がっていた満天の星々が消えてゆくと、東の地平線を押しつぶしている雲の一部分が強く輝き始め、空を飾っている雲は桃色に染まってゆき、とても明るいけれども小さな太陽が雲の中から姿を現しました。  その照らす先には近くで見るとなだらかな富士山があり、橙色の輝きに応じるように山肌を赤く染めていました。  太陽が高く昇ってゆくと桃色に染まっていた雲は白く染め直され、山並みが浮き出てきた下の世界も白く白く光り始めました。

富士山と満天の星空(須走口その1)

 富士山の東側の登山口、須走口へ星と日の出を見に行きました。  神奈川県から山梨県へ、山々に囲まれた道志みちを通り、山伏峠を越え山中湖へ、そして富士山の東側五合目にある登山口、須走口の駐車場へ。  ここは標高2,000m、真っ暗な駐車場では車の熱もすぐに冷め、服装は真冬の格好です。  初めのうちは富士山の向こう側から雲が流れてきて、星空は望めないのかと思っていましたが、車で仮眠をとっていると、3時を過ぎた頃からは雲もほとんど無くなり、スバルやオリオン座などの冬の星座が綺麗に見え始め、そして月が完全に沈んだのか、西や北の方の星々もはっきりと見えてきました。はくちょうの沈んでいく方には天の川も見えています。アンドロメダ銀河も肉眼で見え、まさに満天の星空。  富士山の方を見ると、山小屋の灯りとは別に、山頂へと向かっている人たちの明かりが数珠つなぎに見え、その頭上の星空を流れ星が飛んでゆきました。  宮沢賢治が見た星空もこんな星空なのだろうかと思いを馳せつつ、こごえた指でカメラのシャッターを押し続けていました。  東の空が明るくなるにしたがって、星の数も一つ一つと少なくなってゆき、日の出にその主役の座を明け渡してゆきます。

9月11日

 9月11日はアメリカの同時多発テロで亡くなった多くの方々の命日。今日を境に、アフガニスタン、イラク、再びアフガニスタンへと続く、テロとの戦いという全く先の見えない暗闇に足を踏み入れ、そして今はそのテロとの戦いに振り回されているように見えます(振り回している人達がいるのかどうかは知りませんが…)。  カビが生えたり農薬が残っていたり、そんな土の肥やしにもならないようなお米を食用に流通させる人間がいることに怒りを覚えますが、またそんなものが何年も検査をかいくぐって流通してしまうことに驚きを隠せません。  もし悪意のある人間がこのことを悪用すれば、無差別の人間に被害を与えうることもあるはずで、冷凍ギョーザ問題などと同様に、爆弾や銃器を使わなくても、テロの手段はそこら中に転がっているのだと今思っています。  テロとの戦いということについて、一度に多くの方々の命が絶たれたということを思うと、どうしても広島・長崎の原爆の事を考えずにはいられません。戦争中ではありましたが、数十万人もの一般市民を殺害したことにいい訳の出来ることではないはずです。アメリカ中心のテロとの戦い、私にとっては広島・長崎の原爆の問題は避けて通れないものです。  テロとの戦いはこの先、誰が何をどうしたいのか全く分かりませんが、ただ世界の中の日本という国の行く先を見誤らないようにと願うだけです。

残暑も終わり?

 気温も上がり湿度も上がり蒸暑くなりましたが、太陽の光が射す場所はどんどん変わり、来週からは爽やかな空気も入ってくるそうで、残暑ももうひと息というところでしょうか。  ビルマ(ミャンマー)で殺害されたジャーナリストの長井健司さんの一周忌(偲ぶ会)が、東京四谷の真成院で行なわれるそうです。日時:9月27日の正午会場だそうです。詳しくは「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」へ。  ミャンマー政府に抗議しビデオカメラの返却を要求する署名もまだ受け付けているそうです。

残暑

 久しぶりに残暑が戻ってきたような湿度の高さと、熱帯夜。ぼやけた空にいくつかの星。鋭利な月を見たのは数日前。太陽黒点が消滅しているという話です。

あと…分…秒。

 冷戦の時代には、“人類の滅亡まであと○○分○○秒という、分針が進んだり戻ったりしている時計を頻繁に目にしていました。  冷戦がとりあえず終わり、核戦争の脅威は無くなりつつあるかのように思えていましたが、北朝鮮の核の問題や、最近は“新冷戦”などという言葉も耳にするようになり、再びこの時計の針が進んでしまうのではないかという懸念が、頭の隅でしだいに形を成そうとし始めています。  この夏はいつになく身に危険を感じるほどの雷が多く、今夜もすぐ近所に落ちました。落ちたと思ったら、誰かの車のクラクションが一定間隔で鳴り続け、ハザードランプが点滅し、一分ほど(?)するとサイレンのようなものを合図に静かになりました。雷で警報装置か何かが誤作動したのでしょうか?  夏が始まる前にホタルを見に行った時、飛んでいるホタルの光を見て『怖い!』と泣いている子供がいたのですが、こんなに雷が光って落ちていたら、どれほど大変なことになっているのだろう。

Googleのブラウザ

 Googleが発表したブラウザソフトGoogle Chrome (BETA)を早速入れてみました。インストールにはほとんど手間がかからず、これまで見たことのないようなシンプルなウィンドウが表示され、表示速度もFirefox3と比べてどちらが早いのだろうという程でした。自分のHPを見てみましたが、画像の読みこみ方が違うようで、表示されるレイアウトも若干違いますね。Firefox3と比べて、Chromeの方が表示が少し早いような気もしました。  Google Chrome (BETA)は見た目のシンプルさに合わせて、行なう作業もシンプルなものが似合うような気がしました。これからどのように進化していくのでしょう!?  今日もいろいろと入道雲が出ていたようです。

古木

 小さな祠のある大きな木。頭の方の幹をばっさりと伐られ、次の年からどうなるのかと心配していましたが、そこはさすがにプロの仕事なのでしょう、先日見た時には濃い緑の葉を茂らせとても元気そうにしていました。

ベールの流れる星空

 夜空を見上げてみると、カシオペアがいつのまにやら頭の上の方で輝くようになっていました。地球もずいぶんと太陽の周りを回ったものだな。  白くて薄い雲のベールが、ゆっくりと北の方へ流れて行きました。

久しぶりの空と水の流れ

 日中にわか雨がありましたが、夜には星が見えていました。本当に久しぶりに見た星空のような気がします。  連日の雨で、かつてはホタルがいたという(宅地造成によって)枯れてしまった小さな川に、水の流れが出来ていました。普段は小川の地形はそのまま、水だけが干上がった状態でとてもわびしいのですが、わずかながらでも水が流れていると、小川一帯が急に命を吹き返したような気になります。