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ルピナスの花と地下迷宮

ルピナスの花と地下迷宮 色とりどりのルピナスの花  黄砂の降る霞んだ太陽の下、ルピナスの花を見に栃木県鹿沼市にある鹿沼市花木センターへ。  ルピナスは花木センターの横にある斜面に植えられ、ちょうど見ごろを迎えていました。なんとなくさわやかな花の香りが漂ってきた気もしました。 ルピナスの花  白、黄、青紫、赤紫、ピンク、それぞれを合わせたようなもの、同じ色の花でも咲いたばかりのものと時間が経って世間になじんできたものなど、花はほんとうにいろいろな色をしていますが、よく同じ色だけに偏ったりせず、斜面全体にわたってまんべんなく散りばめたように咲いているものですね。 ルピナスの花  ルピナスの花は“昇藤 (のぼりふじ) ”というそうで、ちょうど藤の花を逆さにしたような形をしていることからそう呼ばれているそうですが、植木で売っていたその藤の花もきれいに咲き、いい匂いが漂っていました。 ルピナスの花  太陽の光が入ると花はとてもきれいに見えます。気温も上がり、ますます花の盛りを迎えるのでしょう。 花木センター内にあったオブジェ 地下迷宮  次は大谷石 (おおやいし) の産出する大谷町へ。大谷石は表面がザラッとして穴がボコボコと開いているような石で、また沖縄にあるようなサンゴでできた石のような印象を受けましたが、大正時代、旧帝国ホテルの建築資材となったそうです。 平和観音  まずは平和観音を見学。この像の高さは27mあるそうで、太平洋戦争の慰霊碑として、世界平和を願うものとして彫られたそうです。 平和観音 平和観音(階段を登って近くへ) 地下迷宮  そして、車で少し移動して大谷石の採掘場跡地にある大谷資料館へ。  地下へと階段を下りていくと、採掘場跡の大きな空間が広がっていました。  まるでゲームに出てくる地下迷宮のような、不思議な空間です。 地下の採掘場跡  昔は当然ながら手彫りをしていて、壁にその跡が残っていますが、ひとつの石を切り出すのにつるはしを何千回と振り下ろさなければならないそうで、それが積み重なってこのような巨大な空間になったのだと思うと、とても気が遠くなる思いです。 壁に刻まれた石を切り出した名残り(これは機械で掘った跡) 天井の方から差し込んでくる外の明かり  また地下は空気が冷たく、今日は7℃でした。冬の上着を持ってきていて正解でした。ついひと月前にはこんな気

秩父夜祭(本祭)

秩父夜祭(本祭)  とっぷりと暮れた街中に響き渡る太鼓と笛の祭囃子、ワッショイワッショイの声が聞こえると、車輪の軋む音とともに現れてくる絢爛豪華な山車。その上では提灯を持った男たちがホーリャイの掛け声で盛り上げる。そして澄んだ冬の夜空に花開く打ち上げ花火。 秩父夜祭りとは  今年も秩父夜祭 (ちちぶよまつり) に行ってきました。  秩父夜祭は「日本三大曳山祭」のひとつ…と憶えていたのですが、「日本三大美祭」とも呼ばれているそうです。ほかのふたつは、京都の祇園祭、飛騨の高山祭です。  屋台 (やたい) や笠鉾 (かさぼこ) と呼ばれる山車が絢爛豪華で、勇壮なお囃子の太鼓と笛の音色に包まれ、夜には提灯に明かりが灯され、冬の澄んだ夜空に花火も上がり、とても印象的なお祭りです。(参考: 秩父まつり会館ウェブサイト )  毎年12月の2日(宵宮)と3日(本祭)、場所は埼玉県秩父市にある秩父神社を中心に行われます。車で行く場合は、関越自動車道から長瀞方面、飯能から国道299号線、山梨方面から雁坂トンネル経由、電車で行く場合は池袋や飯能からの西武秩父線、もしくは熊谷からの秩父鉄道を利用することになります。 一年の締めくくり  秩父夜祭に来るのはもう何回目になるのか、最初に行った頃はとにかく夜が寒かった記憶があり、これから冬になるんだなとか、今年も一年終わるんだな、などと思っていましたが、今年は特に暖かい日もあったためか、いまひとつ年末になった気がしません。  それでも、黄色く色付いたイチョウを見ると季節を感じ、その黄色を背景にした山車との色の組み合わせがこれまた綺麗です。 青空の下で  去年はまだコロナの影響があってか、本祭でも全体的に空いている印象でしたが、今年はだいぶ人が戻ってきたようで、露店もたくさん出ていました。最近の露店の流行りはどんなものなのだろうかと思いながら、山車の姿を求めて街中を散策しました。  よく晴れた青空、秩父神社内の境内には歌舞伎を行うために舞台へと形を変えた1台の屋台が置かれ、太陽に照らされ輝いていました。その横に入ってきた山車が神社へとお披露目を行います。山車が方向転換をするギリ回しも秩父夜祭の見どころのひとつです。  秩父鉄道を走るSL、パレオエクスプレスを今年も見ることができました。秩父夜祭のヘッドマークを付けていました。 秩父夜祭にて 秩父夜祭

津波の傷痕と人々の力の大きさ

津波の傷痕と人々の力の大きさ‐震災遺構を訪ねて  東日本大震災から12年以上が経った。  わざわざ思い起こしてみるまでもなく、地震当時の自分自身の状況やニュースなどで見た映像などは、それに関連する情報を見たり聞いたり、また直接の関係はなくても、自衛隊の車両を見たりだとか、家で魚を飼っていたため熱帯魚店へ行った時だとか、いろいろな折に触れて頭に浮かんでくる。また多少ながら震災に関連することに触れる機会があったものの、実際に被災地を訪れたことはなく、結局は安全な場所から高みの見物をしている単なる傍観者なのだろうと、ずっと後ろめたいような気持ちがあった。そんな中途半端な気持ちを持ち続けているせいか、自分の中ではある意味、当時から時が止まっているような気もしていた。そして三陸地方への旅行は何度か計画を立てていたが、なかなか実現させられず時だけが過ぎていった。  原発事故という人災も含めた東日本大震災は、多くの日本人にとって大きな節目だったはずだと思っていたのだが、そのうち世の中はどうもそうでもないらしいと思うようになった。狭いと思っていた日本はあんがい広く、人の心も実に多様で、個人が捉える温度差や冷め方の差は激しい。そしてその後に訪れたコロナ禍で世情はがらりと変わったのだろう。  ただ、世の中や他人がどうであれ、地震や津波がもたらした被害はどのようなものだったのか、そしてどのように復興しているのか、自然の力とそこで生きる人々の力をこの目で見てみたい。そんな思いを持ちながら、力になれなかった小さな人間の、ひとりよがりのせめてもの罪滅ぼしとして、宮城県の震災遺構を訪ねた。 三陸沿岸道路  東北自動車道を北上し、宮城県の仙台方面から東へと車を走らせる。この仙台から青森県の八戸まで続く高速道路は三陸沿岸道路で、2021年に全線開通したそうだ。三陸道と呼ばれている。  途中、日本三景の松島が見えるかと期待していたが、道路は海よりずいぶん陸側を通っているため、海は見えなかった。  三陸道を走る車は思っていた以上に多かった。トラックも多い。そのほとんどがこのあたりのナンバーだが、県外の車もあった。  まずは河北インターチェンジを下り、大川小学校へ向かった。 大川小学校(宮城県石巻市)  北上川の右岸の道路を、川の流れに沿うように河口へ向かって走っていく。川は広く、その水面は綺麗な青だった

銚子電鉄

犬吠埼駅にて  紫陽花の咲く6月、銚子電鉄の犬吠埼駅にて。  銚子へは2回来たことがあるものの町中へは行ったことはなく、また銚子電鉄もどこを走っているのかよく知りませんでしたが、今回車で走っていた時に、たまたま駅を見つけたので寄ってみました。 犬吠埼駅 犬吠埼駅  壁に描かれている絵がいい感じです。風車も描かれている。駅舎の中の売店でぬれ煎餅などを少し多めに買って、入場券(硬券)もお土産に。外のお店でたい焼きも。 入場券 入場券  ホームには入りませんでしたが、硬券は懐かしいのでついつい買ってしまいました。厚紙の手触りがいいです。  電車がもうすぐ来るとのことだったので待っていると来ました。銚子電鉄は話にはよく聞きますが、見たのは初めてでした。こういった角の丸いレトロな感じの車両はとても好きです。 銚子電鉄  別の場所で銚子電鉄のぬれ煎餅を売っていたので、思わず買ってしまいました。ぬれ煎餅は固さ?柔らかさ?がものによってけっこう違うんですね。全体的にふにゃっとしたものや、中はまだパリッとした面影を残したまま表面だけふにゃっとしたようなもの、作った時が梅雨で湿気が多かったとか、季節的なものもあるのでしょうか??