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映画のワンシーンのように

 西伊豆の松崎町は、“世界の中心で愛を叫ぶ”のロケ地として登場しているそうですが(見た事がないのでどんな話か分かりません)、今は田んぼを利用してお花畑を作っている場所があります。そこへちょうどバスがやってきて、まるで映画のワンシーンのようだったので、こんな一枚を…

What a beautiful place !

 今年も西伊豆へ行きました。これまで行ったことのないところへ行ってみました。後日まとめますが、西伊豆は風光明媚で、海の幸にも恵まれ、とても素晴らしい! 旅程 →三島→達磨山→戸田(へだ)→土肥→恋人岬→松崎→岩地(泊) 岩地→雲見→松崎→仁科峠→達磨山→三島→

素晴しき秩父の桜

 桜の花が散りゆくのが信じられず、まるでそれを追い求めるかのようにして、再び秩父を訪れた。  先週は雨の観桜だったが、今日は嵐の前の観桜だ。爆弾低気圧なるものが西の方から近付いているらしいが、札所二十九番の長泉院に着いた頃はまだ穏やかであった。長泉院の境内では、しだれ桜が満開になり、ミツバツツジも満開であった。 清雲寺のエドヒガンザクラは散り、しだれ桜が咲いていると聞いていたが、想像していたよりも花はまだ残っており、桃やレンギョウの花も綺麗であった。  車椅子に乗ったおじいさんが、おそらく子供だろうか、介助の人といっしょに何かを話しながら桜を眺めている光景を目にすると、何ともいえない心持ちになり、目に涙をためながらシャッターを切っていた。  写真が小さいのでよく分からないかもしれないが、この時は、役目を終えた白い花びらが、突如押し寄せる一陣の風に舞い、あたり一面が桜吹雪となっていた。 最後に昌福寺を訪ねた。ここは訪れる人も少なく、静かな山間の風情が感じられた。  秩父を離れた三時頃より雨が降り出した。今晩から明日の朝にかけて嵐になるという。このあたりの桜の花も、もうそろそろ見頃を終えるのだろう。

サクラの園

 コンクリートの道路に散り敷いた桜の花びらを見ていると、目がくらむようだった。  頭上の桜の花びらと、地上の桜の花びらにはさまれて、一体この自分はどこへ行こうとしているのか。

スミレの園

 そろそろスミレが咲いている頃だろうと、裏の公園にスミレを探しに行くと、雑木林の道の両側にたくさんの小さな白い点として、そしてそれらがかたまりとなって咲いているのが見えた。上から見ると、花々はみなうつむいて咲いているかのようで、その場にしゃがみこみそっとのぞき込むと、花が咲いたあとに雨が降ったためであろうか、その花弁の多くには泥が跳ね返ったような黒いしみが付いていた。 花弁の色が濃いものは最近咲いたものであろう。しずくに濡れしっとりと、そしてひそやかに咲いていた。

雨の観桜

 今年も秩父へ桜を見に訪れた。秩父へは夜祭や札所巡礼やただの観光などでもう何度も行っているが、桜を見に訪れたのは二〇一一年の震災の年が初めてで、今回が三度目だ。  今日は朝からしとしとと雨が降り、花冷えの花見なった。花見というより、桜そのものを愛でたいので、「観桜」という言葉を使いたい。  訪れたのは昨年、一昨年と同様、札所二十九番の長泉院と清雲寺だ。清雲寺の境内には種類の違う樹も何本もあるが、一番古いものは樹齢六百年余り。六百年前といえば室町時代。室町時代から今日まで樹勢を良好に保たせるだけであっても大変なことだろうと思うが、その樹が毎年花を咲かせているのだから、その生命力の力強さ尊さには畏敬の念を抱かざるをえない。  雨が降るのを“あいにくの天気”だとよく言うが、雨でしっとりと濡れた桜の花びらは喩えようもなく美しく、むしろこの雨の日の巡り合わせを幸せと思いたい、そんなことを感じた秩父の桜であった。

桜の丘

道路に沿っていろいろな種類の桜が植えられている丘があり、ここは満開になっている樹や、まだあまり咲いていない樹などさまざまでした。電車の窓から見下ろすと、川沿いの桜も満開になっているようでした。